今村祐嗣のコラム
樹種識別
われわれの研究所で生存圏バーチャルフィールドとい
うのが先般立ち上がった。ここでは、多様な学術情報の
提供や社会的還元、市民との交流の深化を目的として、
宇宙、大気、木材、遺伝子をはじめとする多様な生存圏デー
タベースの常設端末、木の文化展示ブース、研究成果の
ビジュアルラボなどの設備環境が整えられている。その
中心になっているのが材鑑調査室という木材の樹種識別
を担う分野である。木の樹種の鑑定に多くの情報を駆使
して取り組み、あたかも木材のミクロな仮想空間に入っ
てみようという試みである。
樹種の識別において肉眼的な判別が困難であれば、通
常は形態的特徴を見つけて判断する。表面をルーペで拡
大して、あるいは木口、まさ目、板目断面の切片を作成
して顕微鏡で観察する。まずは、木口断面が主要な情報
を提供してくれる。早材から晩材への移行の状況、道管
の有無や並び方、樹脂道や樹脂細胞の有無や形状、など
が判断材料であるが、情報源の数としてはそれほど多い
ものではない。しかし、おおまかな木の種類はこの木口
面の特徴で判断されるケースが多い。ちょうどわれわれ
が人の顔を区別するのに似ている。顔のもつ情報源は限
られたものであるが、眉や目、鼻や口といった限定され
た情報でたくさんの顔を認識している。
さらに区別を進めていくと、接線断面で認められる放
射組織の形状や大きさ、まさ目面で観察される壁孔の形
等が樹種を判断する情報源である。細胞壁の内壁面での
らせん肥厚の有無などは特定の樹種に固有の特徴であり
貴重な分類の根拠になっている。
今までの樹種の識別では遺跡などから出土する木材が
その対象となることが多く、木製品の樹種を知ることに
よって昔の人の木の使い方だけでなく、当時の森林を構
成していた樹木の種類を知ってきた。でも最近は、熱帯
材の樹種識別の必要性も高まっているようだ。かって東
南アジアから熱帯材が大量にわが国に入ってきた際にも
樹種の識別と材質評価が熱心に取り組まれたが、近頃は
認証制度や産地証明の関連からも確度の高い樹種の識別
が求められているように聞いている。
樹種識別法としては、木材中のある特定の化学成分に
着目して区別する試みも以前から行われてきていて、こ
の方法はケモタクソノミーと呼ばれている。しかし、樹
種固有の化学成分については限定されたものが多く、ま
た、現状では分析にかなりの手間を要することから一般
的な手法には至っていない。さらに最近では、分子生物
学とコンピューターの発達によってDNA に存在するわず
かな変異に注目して比較しようという試みが行われつつ
ある。顕微鏡による分類が一般的には分類学的な属のレ
ベルまでで、種の識別までできるものは限られているの
に比べ、より詳細な分類が可能になるという。
しかしコンピューターを駆使した情報解析では、進歩
するほどブラックボックスに入る部分が多くなるのが通
常である。一