今村祐嗣のコラム

ナノテクノロジー

先日、日本学術会議木材学研究連絡委員会の主催で、“ナ ノ構造体としての木材”と題するシンポジウムが開かれ た。総合科学技術会議がこれからの最重要な技術開発課 題の一つとして取り上げているナノテクノロジーについ て、木材からどういった提案ができるのか考えてみよう という趣旨である。
 ナノはナノメートル、すなわち10 億分の1 メートルの ことであり、原子や分子の大きさのレベルに該当する。 ナノそのものは長さの単位であるので、この極微の世界 を対象とするナノテクノロジーでは、高速情報処理、原 子や分子レベルからの新材料、高エネルギー効率の電池、 高性能の医療診断、高水準の汚染物質の除去、など広範 な分野からの技術開発に期待が集まっている。ナノ粒子 を用いたカラープリンターや分離効率の高いフィルター など実用段階にあるもの以外に、分子コンピューターあ るいはマイクロマシンによる医学療法など、開発目標が 10 年後、20 年後に設定されているものもある。
 先ほどのシンポジウムでは、木材細胞壁のナノ構造の 形成メカニズム、木材のナノ構造と物性とのかかわり、 天然セルロースからのナノ工学材料の開発、などの話題 が提供された。木材の細胞壁では、セルロース結晶の集 合体であるミクロフィブリルが周到に設計されたかのよ うに配列しており、これを相互に繋いだり隙間を充填す るように、へミセルロースやリグニンが存在している。 ミクロフィブリルそのものがナノメートルの寸法である。 このミクロフィブリルの配列の仕方や充填物質の存在様 式によって、木材の強度ばかりでなく水分変動に伴う変 形挙動までが影響を受ける。
 また、木材を構成する細胞の壁にはピットと称される 穴が存在するが、この穴を開閉している弁とそれを支え ている網目膜の形や状態によって、木材の乾燥性や薬剤 注入性が大きな影響を受ける。樹木の生命の元となる水 分移動をつかさどり、また木材利用の上でも重要な液体 移動の要ともなるピットも微妙なナノ構造に基づいてい る。
 ナノテクノロジーでも目下世界中の多くの研究者が開 発を競っているのは、カーボンのナノ新素材である。炭 素原子がサッカーボール状に連なったフラーレンや円筒 形のナノチューブと称されるものが、熱や電気の伝わり 方が千変万化する夢の新素材として注目されている。最 近、木炭中にもフラーレン構造体やナノダイヤモンドと いわれるものが見つかった。天然のすばらしいナノ構造 をもつ木材からも、新素材開発を目指すナノテクノロジー が始まっている。