今村祐嗣のコラム
テイスティング
テイスティング、といってもレストランでワインを開
けたときに行なう「味見」ではなく、昆虫が木材を食べ
る時に、この木は食べても大丈夫かと調べてみる行動を
書いてみたい。
乾燥した木材を食害する、いわゆる乾材害虫の代表的
なものに「ヒラタキクイムシ」がある。成虫が脱出する
際に木材に孔を開け、木粉を落とすことで知られている。
この昆虫は径の大きな道管をもつ広葉樹材の辺材を食害
するものとして、建材の虫害のうちでもしばしば取り上
げられてきた。特に、ラワンなどの熱帯産の広葉樹材は
被害にあうものが多く、かってはその防虫処理が大きな
課題であった。南洋材の輸入が減少したことから、以前
ほどの注目を集めることはなくなったとはいえ、ナラや
ケヤキなどの国産材やタケも被害を受ける。一方、被害
にあう可能性の高い早生樹種の増加や住宅の気密性の向
上、あるいは接着剤からのホルムアルデヒド放散の減少
に伴って、被害の発生が懸念されている。
ヒラタキクイムシが径の大きな道管をもつ材を加害す
るのは、成虫が産卵管を差し込める適度な大きさ(直径
が0.18㎜以上とされるが、あまり大きすぎてもいけない)
の細胞が必要なためであるが、辺材のみを食害するのは、
孵化した幼虫が育つときに木材に含まれるデンプンを栄
養とするためである。この虫はシロアリと異なり、セル
ロース等の木材の骨格成分を消化することができず、成
虫は分解しやすいデンプンが多く含まれる木材を探すこ
とになる。デンプンが含まれていない木材では幼虫が成
育できず、親としても必死な思いであろう。
われわれが木材中のデンプン含量を測る場合は、ヨー
ド・ヨードカリ溶液を塗ってみる。そうすると、デンプ
ンが無いものでは黄色にしかならないが、もし多く含ま
れているばあいは黒緑色に呈色することで明らかになる。
ヒラタキクイムシの場合は、産卵準備の段階にある雌が
大顎で材をかじり浅い傷を付ける。どうもこの行為がデ
ンプン量を識別することと関連があるらしいが、はたし
てどのようにして測定しているのか十分には分かってい
ない。
一方、シロアリのテイスティングについても、最近、
森林総合研究所の大村和香子さんがユニークな研究を
行っている。マツの仲間のようにシロアリに好んで食害
される木材と、ヒバやヒノキのように嫌われる木材とが
ある。これは忌避的なあるいは殺蟻的な効果をもつ心材
成分の種類と量によって影響されることが多いが、木材
に含まれている成分をシロアリはどうして味見している
のか不思議なことである。
彼女の研究によると、人間でいうと舌にある味蕾に相
当する器官がシロアリにも備わっていて、この感覚子が
刺激を受容すると電気信号であるインパルスが脳に伝
わって木材の「味」を感じ取っているという。最近は遅
効性薬剤を積極的にシロアリに食害させて巣に持ち帰ら
せ、他の健全個体に移行させるベイトシステムも実用化
されていて、食物のテイスティングのメカニズムは昆虫
の行動解析だけでなく新しい防除法の開発の面でも興味
深い。