木の香り
筆者の住んでいる京都では、夏の訪れとともに季節の風物詩の床が鴨川にかかり、また、古都の風情を求めて多くの観光の方が訪れる。ことに最近は清水寺から高台寺、円山公園にかけての東山一帯は休日ともなればラッシュアワーなみの混雑である。二年坂、三年坂辺りを歩いてみると、お香の店が軒を並べ何ともいえない良い香りが店外まで漂ってきて、つい引き込まれそうになる。以前から、お線香や匂い袋などは京都の実用的な特産物として売られてきたが、近頃は香りを楽しんだり、気持ちの安らぎを得るためにお香をもとめていく若い人も多いという。お香の代表的なものは白檀、沈香、伽羅で、昔から珍重されてきたが、沈香、伽羅は樹木の傷害部に蓄積された樹脂であり、白檀の香りは細胞内に通常に沈着した成分からきている。
新しい木の家の香りは木材のもっている揮発性成分によるが、それぞれの木の種類ごとに独特の香りをもっている。木の香りには薬理効果も明らかにされていて、レッドシダーの成分は肝臓の薬物解毒作用を活発にする働きがあり、スギやヒノキ材の香りは気分を落ち着かせ、心地よい睡眠を誘うのに役立つようである。このスギやヒノキの材から発する匂いは葉からでる匂いに比べて揮発しにくいテルペン類に基づくものであるが、沈香やラベンダー、レモンの香りと同様に沈静作用があるという(谷田貝光克:フイットンチットってなに?)。
写真:夏の風物詩の京都鴨川の川床
最近では湾曲集成材を用いた床がかかり、古都の風情に溶けこんでいる。
ところで、森のめぐみのキノコにおいても香りは大切な因子で、「においマツタケ、味シメジ」といわれるようにマツタケの香りは日本人にもっとも好まれてきた。香りの主要成分がマツタケオールと桂皮酸メチルであることは、ずいぶん以前に明らかにされている。特にマツタケオールは多くのキノコに含まれる香気成分であるが、この香りを好む民族は日本人だけで、外国の人にとってはいやな匂いの部類に入るそうである。しかし大学できのこ学を講義されている山中勝次氏によると、最近マツタケの香りを好きだと思う学生が激減してきていて、むしろ嫌だというものもいるという。氏によると、近頃の若い人には「マツタケの香りが素晴らしい」という刷り込みが途切れてきているのでは、ということを指摘されている。
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