今村祐嗣のコラム

目で見る

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シロアリは何を見たか

 人類の進化の流れの中で目が顔の正面に並ぶことによって発達した能力は大きなものであり、これによって正確な距離の測定などが可能になった。動物にとっての目の構造と視覚世界の様子については、共通的なものがある一方でそれぞれ固有の特徴があるとされている。鳥は鳥目という言葉があるように夜間での視力は大層悪い。しかし、上空はるかから獲物を狙う能力にすぐれているように、明るい場所での視力はきわめて高い。また、動物が行動するに際して依存する感覚は臭覚や聴覚、触覚、視覚であるが、人間はその中でも視覚に頼るところが大きく、また最も進化した感覚でもある。ところが、動物によっては必ずしも目が主要な認識器官ではない。私の身近な仲間であるシロアリを例にとってみよう。
 わが国に生息するイエシロアリやヤマトシロアリは地下生息性シロアリに分類されていて、その職蟻や兵蟻の目は著しく退化している。表面から観察すると、それらしい痕跡器官は存在するがいわゆる目という形態をしたものは認められない。もちろん明暗の認識は可能であるが、目からの情報に依存する割合はきわめて低いものと思われる。その代わり発達しているのが臭覚や触覚であり、頭部から突き出た触角(英語ではアンテナ)をフルに使って探索し、移動する。シロアリの特異な行動に追跡行動というものがあるが、これは仲間がつけた「道しるべフェロモン」の臭いをたどって同じところを移動するという行動である。テレビでも放映されたことがあったが、白い紙にボールペンで線を引き、その上にシロアリを放つと線に沿って歩くというのも、たまたまボールペンのインクに用いられている溶剤が「道しるべフェロモン」の分子構造と類似していることから、シロアリが勘違いしたものである。したがって、ある会社のつくったボールペンで描いた線の上は動くが、他の製造元のものではまったくてんでばらばらということも起こる。
イエシロアリの羽蟻 イエシロアリの羽蟻(はあり)頭部の写真
 このシロアリは梅雨時分になると羽をつけた個体が出てくる。これは職蟻や兵蟻と異なって生殖能力を備え、将来の女王と王になる階級であるが、この羽蟻(写真―2)の頭には歴然と昆虫特有の複眼が備わっている。羽蟻は空中に飛び出す前は土中の暗い世界でニンフとして生長する。このニンフの段階ではまだ羽は十分に伸びておらず体の表面も着色していないが、すでに複眼は形成されている。羽蟻はある時期を狙って一斉に外の世界に飛び出すわけだが、はじめて目にする世界であっても光を求めて集まる性質がある。シロアリの羽蟻は飛び立った後、一旦着地すると即座に羽は落ちてしまい、二度と飛ぶことはない。運良く補食者より逃れ、うまく相手を見つけたシロアリは、カップルとなって再び土中に戻っていく。明るい世界に出たシロアリは、わずかの時間で一体何を見たのであろうか。