[木質ボードの腐朽と虫害]
合板やLVL といった単板を積層した材料の生物劣化では、素材に近い状況がみられるが、接着層が
腐朽菌糸の侵入やシロアリの食害のバリヤーとなり、単板が剥がれるように劣化することが多い。
小さなエレメントを接着剤で再構成したパーティクルボード、MDF といった木質ボードは、一般的
には素材に比較して腐れや虫害に対して抵抗性が高い。 しかし、 この傾向はボード製造の諸因子によっ
て大きく左右され、 また抵抗性が高いというものの、通常は腐朽菌やシロアリによる劣化をまぬがれる
ことはできない。また、いったん腐ると強度低下が著しく、これは面材として厚さが薄いという材料と
しての寸法効果と、腐朽菌がエレメント間に侵入して接着性を低下させるというボード独特の劣化挙動
に起因している。
ボードの耐朽性に影響を及ぼす各因子の効果をまとめると、原料樹種の耐朽性が低いほど腐りやすい。
この点からは、本来的に耐朽性の高い樹種を原料として用いると、製板後のボードもこの性能を反映し
て腐りにくいものとなる。しかし、現実的には耐朽性の高い樹種のみを選別収集することは困難であり、
むしろ廃材、未利用樹種や早生樹などを原料として考えるべき状況下では、原料樹種そのものに性能向
上の期待をかけることはできない。また、エレメントの形状が大きいほど腐りやすく、特にシロアリ抵
抗性の点からいえば、大きな寸法のエレメントでは加害が促進される。
ところで、パーティクルボードなど木質ボード類では、接着剤のタイプや製板条件がボードの耐朽・
耐蟻性に与える影響が大きい。接着剤の添加率(含脂率)を上げることは、一般的にボードの生物劣化
抵抗性を向上させる。これはボードの厚さ膨張を抑制し、菌糸のボード内部への侵入を防ぎ、機械的性
質の劣化を抑える役割をも担っている。また、その効果は接着剤の種類によっても異なる傾向がみられる。
ボードの密度については、一般的に耐朽・耐蟻性の向上が認められる。3 層構造のパーティクルボー
ドではシロアリよって表層の高密度部分は加害されず、低比重、低含脂率でチップが粗い内層部が食害
を受ける。ボードの密度が耐朽・耐蟻性にそれほど大きな影響を及ぼさない場合があるのは、腐れやシ
ロアリの加害に関連してボードの水分状態が向上し、結果的に厚さ膨張を引き起こすためで、一方で高
密度ボードほどその傾向が大きいことによる。
●化学修飾による木材の耐久性向上の研究に高橋旨象教授、農学部の湊 和也助教授(現 京都府立大学教
授)、京都府立大学の梶田 煕教授(現 同名誉教授)、米国ウィスコンシン大学のRoger Rowell 教授(Forest
Products Laboratory, USDA 兼務)と取り組み、アセチル化、ホルマール化、樹脂処理木材の生物劣化抵
抗性の向上機構を明らかにした。この研究で特筆できることは、腐朽菌の木材分解機構と化学修飾の様
式とが密接に関連していること、シロアリにおける摂食阻害が生じていること、樹脂処理では細胞壁へ
侵入できるか否かが重要であること、等を見いだしたことである。また、これらの材料を、素材以外の
木質系材料に展開する技術開発を行った。
[木材の化学修飾]
木材の細胞壁の非晶部分には活性な水酸基が数多く存在しており、外からの水分がここに吸着して木
材の寸法変化を引き起こす。もしこの水酸基をほかの安定な官能基で置き換えると、水分子がくっつく
余地が無くなって吸水や吸湿による寸法変化が抑えられ、また、腐朽菌の分泌する酵素の攻撃に対して
も、その作用を受けない分子構造になる。写真
木材を無水酢酸と高温で反応させるアセチル化処理では、どの腐朽菌に対してもほぼアセチル化率が
20%を越えると、劣化による質量減少が認められなくなる。しかし、シロアリに対する抵抗性は加害
するシロアリの種類によって異なり、ヤマトシロアリはほとんどこれを食害しないが、イエシロアリは
無処理木材に比べると少ないものの、これを食害する。しかし、アセチル化木材だけを食餌とした場合
は、イエシロアリといえども日を経るにしたがい死亡する。特に興味深いのは、スターベーション(食
餌を与えない)の場合と同様な生存個体の減少傾向を示すことである。写真
イエシロアリの腸内には3 種類の原生動物が共生しており、セルロースの分解にはこれらの原生動
物が関与しているといわれている。しかし、スターベーションの場合もアセチル化木材を食害した場合
も、腸内に原生動物が全く認められない状態になった。シロアリは当初アセチル化木材を食餌として錯
覚して食害するが、原生動物がこれを分解代謝できないため、原生動物の消失→食物補給の遮断→餓死
へと至るのであろう。
●耐久性向上あるいは複合化技術の確立のためには、木材への薬剤注入性の向上が重要であるとの認識に
立ち、そのための技術開発を行った。これは、大学院時代での壁孔の組織構造の研究にもつながるもの
であり、「ピット再考」と題した総説においてもその大切さを訴えた。これ以降、注入性向上に関連し
たプロジェクトがスタートすることになる。
[ピットと水分移動]
樹木において根から吸い上げられた水分(樹液)は幹の辺材細胞を通って上昇し枝や葉に供給される。
細胞から細胞への通路にあたるピットの壁孔膜はトールスという弁をぶらさげた特異な構造をしてい
て、それがニュートラルの位置にあれば水分が隣り合った細胞間を容易に移動し、水が無くなると弁で
ピットの口に蓋をしてその細胞だけを隔離する。網目状の壁孔膜の精妙なつくりにはいまだ樹木の不思
議さを感じている。写真
木材の乾燥は細胞の中に入っている水分を如何に外に出すかという点で、また、逆に防腐剤の注入
などはどのようにして内部に薬液を浸透させるというところで、通路となるピットが重要な役目を担っ
ている。辺材部分は乾燥しやすく、薬液も注入が容易なのはこのピットの弁が開きやすいためであり、
また樹種によって心材の乾燥性や薬液注入性が異なるのはピットの口への弁の固着度の違いに起因し
ている。針葉樹の場合、このピットは一つの細胞あたり数十個、場合によってはそれ以上備わっていて、
そのほとんどが細胞の先端部、すなわち上下方向に隣り合う接点に存在する。したがって、部材の側面
より木口から薬液が浸透しやすいのは先端部のピットを経由する移動が主体であることによる。写真
精妙なつくりの壁孔膜のトールスがピットの口を塞ぎ、その塞ぎ方が堅固であったり、樹種に特有の
成分でも沈着すると薬剤の注入はきわめて難儀になる。スプルースやカラマツの注入が難しいといわれ
るのはそこに原因がある。これらの難注入性の木材に内部まで薬剤を注入するため色々な取り組みが行
われてきた。インサイジングはその代表的な手段であり、部材の側面に細胞の木口切断面を一定の深さ 写真 木材の化学修飾
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まで人為的につくり、それを数多く分散させて浸透性を確保しようというものである。また、木材の側
面から圧縮の力をかけてピットのみを破壊する方法も実用化されている。
樹木の精妙なつくりにわれわれがどのように対処していくか、乾燥と注入という古くてかつ今日的な
技術にはまだまだ多くの課題が残されている。
[注入性向上技術]
木材を薬液中にそのまま浸けても、あるいは表面から塗布しても、薬剤の浸透は表面部分に限定さ
れる。処理液を木材内部に行き渡らせるためには、通常、缶の中での減圧・加圧注入法が用いられる。
しかし、木材では辺材への注入性は良好であるが、心材へは液体が入りにくいのが一般的である。現
在、建築部材等に使用されている樹種で一般的な減圧・加圧注入処理によって、心材まで十分な薬剤浸
透性が得られるのはラジアータパインとサザンイエローパインの仲間だけであるといっても過言では
ない。また、木口からの浸透に比べて側面からの薬剤の浸透性は極端に低い。このため、防腐木材にお
いては、薬剤そのものの効力ではなく、浸透性や注入性が悪いことによって、期待される耐久性が発揮
されない場面がしばしばみられる。あるいは、本来は浸透性が良好な辺材部位であっても、乾燥が不十
分な状態で注入処理工程に廻したことによって、材中の水分が阻害要因となって薬剤の浸透が損なわれる場合も起こり得る事象である。
このため、注入性を向上させる前処理技術の開発が求められている。
●木材の劣化診断法の開発研究は、共同研究グループに農学部の奥村正悟教授、藤井義久助教授、簗瀬佳
之助手、同僚の吉村 剛助教授が加わってさらに大きく発展し、実際の建築現場における有用技術とし
ても評価されるに至った。このAE モニタリングを利用した研究は、住宅におけるシロアリ検出という
当初からの目標だけでなく、異なる環境下におけるシロアリの行動生態を明らかにする上で大きな役割
を果たし、さらに、シロアリ以外の昆虫の食害活動を検出する研究にも応用されるようになった。
[リモートセンシングでシロアリの行動を探る]
AE を利用したシロアリ発見器
われわれは、アコースティック・エミッション(AE)を利用したシロアリ被害の非破壊的な
検出方法に取り組んできた。AE は固体材料の微小な変形や破壊によって発生する超音波のこ
とで、シロアリ職蟻が木材を齧ることによって発する超音波をモニタリングしようというわけ
である。このシロアリ聴診器は、圧電型センサ、ろ波、増幅、弁別、データ処理部から構成さ
れているが、もしシロアリが木材を齧ればAE 波が検出され、食害活動が激しいほど発生する
AE 事象数も増加してくる。実際の住宅や文化財建築物の蟻害診断を行う上で有力な診断武器
になっている。
AE モニタリングでシロアリの行動生態を解き明かす
シロアリ発見器として開発したこの機器はリモートセンシングで測定できることから、木材加害昆虫
の食餌活動の変動や環境条件の影響解析など、行動生態を明らかにする上にも役立っている。
ここに掲載した2 枚の図のうち、最初の図はシロアリが異なる樹種を摂食した際に発生するAE 事
象数の変化を示している。もちろん事象数は摂食頻度に対応すると考えて良いので、これは好きな木、
嫌いな木を与えられた際のシロアリの食餌行動を表している。好きなベイツガ材は最初からほぼ変化な
く活発に摂食していることがうかがえるが、嫌いなベイヒバ材ではほとんど摂食活動が生じていないこ
とがみてとれる。ラワン材も摂食はするもののあまり好ましい木材ではないらしく、当初は高い頻度で
AE の発生がみられるものの、時間の経過ととともに発生頻度は低下してくる。
下の図はシロアリが暗い場所で摂食していた環境を瞬間的に明るくすることで、AE の発生がどう変
化するかをモニタリングしたものである。シロアリの職蟻、兵蟻の目は退化した形態をしていて外表面
からは痕跡器官として認められるが、実際は光に反応した行動をとる。この光に対する反応を確認して
みようとしたのがこの実験である。周囲を明るくした時を矢印で示してある。その結果、確かにシロア
リには明るい環境にすることによって一時的に摂食を停止し、停止時間は「明」の時間の長さに対応し
ていた。
その他、温度環境による影響、摂食リズムの経時的な変化、等シロアリの行動生態のモニタリングを
行っているが、まだまだ興味が尽きない研究内容である。
心に劣化が進行する。これは風化と呼ばれる現象であり、針葉樹材の風化速度は100 年で5 ~ 6 mm
ともいわれている。
風化した表面には、その後、薄い灰色からカビなどの付着による斑点状の黒色のシミが発生し、これ
が進行して最終的には樹種に関係なく暗灰色化する。これらのカビなど変色菌は、いわゆる腐朽菌のよ
うに木材の強度を低下させることはないが、光分解で低分子化した木材成分を好む。また、カビ類はた
とえ塗装してあっても微小なピンホールなどから塗膜を通過し、その下に繁殖することもある。
[木材の屋外保護塗料]
屋外使用の木材では塗膜とそれによる耐久性維持が大変難しい。これは、木材が親水性材料であるこ
と、軟らかく複雑な表面形状をもっていること、それに紫外線の劣化を受けやすいことなどによるが、
塗膜の下に繁殖するカビ類などの微生物が発生しやすいことも原因となっている。
木材の保護塗装は、塗膜を形成する造膜タイプと浸透性の含浸タイプに分類できる。塗装面の耐久性
という点では、造膜タイプが含浸タイプに比べてやや長いが、含浸タイプのものは木材の質感をある程
度残すことができ、メンテナンスが比較的容易であるという利点をもっている。一般的にいうと、紫外
線を防ぐことが耐久性向上のためには重要であり、光安定化剤を加えることによってももちろん向上す
るが、顔料の多いものほど、色の濃いものほどすぐれている。ただ、ここで問題なのは日本人にとって
木目基調の白木塗装が好まれるということだ。暴露実験を行うと、歴然と透明系のものは紫外線で劣化
しやすい。
塗料そのものの性能以外に、塗膜の耐久性には基材である木材側の状態が大きな影響を及ぼすよう
だ。熱や水分によって寸法変化が小さいのが望ましいことはいうまでもなく、いかに基材の寸法安定
性を上げるかを考慮すべきである。また、木材の表面性状が塗膜の耐久性に大きな影響を及ぼす。うっ
かり見過ごしてしまう点は、表面を削ってからすぐ塗装せずに放置しておくと、前に述べたように紫外
線によって表面組織の劣化が生じる。塗装直後は意識されないが長期間置いておくと塗膜の耐久性に大
きな違いがでてくる。一方、表面の仕上げは平滑であればあるだけ良いとは限らない。特に含浸タイプ
の塗料の場合、木材表面に付着される量が粗面の方が多く、結果的に耐久性も高くなる。まさに、塗装、
特に保護塗装こそ思いやりと気遣いで慎重にやるべきであろう。
だが最も大切なのはメンテナンスであり、一度塗ったら放っておくのではなく、診断と保守を忘れて
はいけない。早め早めの塗り替えが結果的に耐久性を向上させることになるのは、お肌のお手入れと同
様であろうか。