今村祐嗣のコラム

木材の保存処理の現状と課題

2.4 熱などの物理的処理
熱処理木材とはその言葉の意味するとおり、温度や雰囲気など処理条件は色々あるにしても、要するに加熱処理した木材のことである。木材を100~200度、場合によってはそれ以上の温度で処理した製品で、応力や狂いが除去されていることや、寸法安定性や耐久性、あるいは耐候性が向上していることがセールスポイントとなっている。ヨーロッパでは種々の用途へ利用展開され、特に200度以上の高温処理したものがデッキやサイジングなどエクステリアウッドとして販路を拡大している。
従来、熱処理木材の耐久性、すなわち耐腐朽性や耐シロアリ性など生物劣化に対してはかなり懐疑的な見方が強かった。というのは、熱による木材成分の分解によって強度低下が引き起こされるのはもちろん、心材成分やヘミセルロースの変性・分解によってむしろ抵抗性が低下することが懸念されたことによる。
しかし、処理工程における木材中の水分の有無や周囲の条件、あるいは加熱温度によって得られる物性は大きく異なるものの、防腐性能については200℃以上ではかなり向上するという結果が得られている。また、シロアリ、特に攻撃力の激しいイエシロアリに対しては食害を抑制することは困難であるにしても、分解代謝系に影響を与えているようで、このあたりの挙動については、まさにアセチル化処理のような化学修飾木材に共通する点が多々みられる。木材の熱処理については決して新しい技術というわけではなく、50年以上前から基本的な物性挙動について検討されてきたが、最近の低環境負荷材料への関心の高まりとも相まって、実用的な材料として展開するに至ったとも考えられる。


3.薬剤の注入処理

 木材を薬液中にそのまま浸けても、あるいは表面から塗布しても、薬剤の浸透は表面部分に限定される。処理液を木材内部に行き渡らせるためには、通常、缶の中での減圧・加圧注入法が用いられる。
しかし、木材では辺材への注入性は良好であるが、心材へは液体が入りにくいのが一般的である。現在、建築部材等に使用されている樹種で、一般的な減圧・加圧注入処理によって十分な薬剤浸透性が得られるのは、ラジアータパインとサザンイエローパインの仲間だけであるといっても過言ではない。また、木口からの浸透に比べて側面からの薬剤の浸透性は極端に低い。このため、防腐木材においては、薬剤そのものの効力ではなく、浸透性や注入性が悪いことによって、期待される耐久性が発揮されない場面がしばしばみられる。あるいは、本来は浸透性が良好な辺材部位であっても、乾燥が不十分な状態で注入処理工程に廻した結果、材中の水分が阻害要因となって薬剤の浸透が損なわれる事象も観察される。
このため、注入性を向上させる前処理技術が検討されてきた。従来から行われている刃物によるインサイジングは、材表面に傷をつけることによって人工的な微小木口面を数多くつくり、一定深さまでの浸透性を確実にしようとするもので、きわめて実用的な手法である。しかし、従来型のインサイジング方法は、比較的簡便で安価である反面、木材表面にかなり明瞭な刺傷の跡がつくだけでなく、強度低下も生じる。このため新しい刺傷方式の開発が試みられ、針式インサイジングや炭酸ガスレーザを利用したインサイジングも検討されており、それに適した木材表面での刺傷パターンも工夫されてきた。
ところで浸透性を改良することを目的に、従来から様々な方法が提案されてきた。これらは大別すると、生物的処理、化学的処理、物理的処理に整理できる。生物的処理はバクテリアや菌類を利用する方法、酵素処理などが該当するが、いずれも効率性の問題点だけでなく心材には効果を得ることが難しいという課題を抱えている。また、化学的な処理方法として、オゾンなどを使用して木材細胞中の沈着物質を除去する手法等が考案されているが、薬剤の安全性だけでなく木材そのものの劣化や均一な処理の困難さが実用化を阻んでいる。
物理的方法としては、以前から蒸煮処理が浸透性の向上に有効であると指摘され単板などに適用された経緯があるが、これは沈着物質の除去などによって浸透経路が確保されることによるものであろう。また、加熱水蒸気による短時間の加熱の後、瞬間的に大気圧に戻し、その際の圧力差で浸透経路となる木材細胞の壁孔を破壊しようという低圧爆砕法も検討されてきた。
われわれが検討してきた横圧縮法は、低圧爆砕法と同様に物理的な力で木材中に浸透経路をつくろうとするもので、従来のインサイジングが木材の表面層に人工的な木口切断面を多数つくることとすれば、この手法のねらいは木材内部に液体の通路となる微小クラックを人工的に創り出すことといえる。横圧縮を負荷すると木材細胞壁の壁孔(ピット)の周辺が特異的に破壊される。壁孔周辺ではセルロース・ミクロフィブリルが特異な配向をしていることから、変形によってこの部分に限定されたクラックが生じると考えられる。
一方、単板やパーティクル、あるいはファイバーという小さなエレメントを積層する木質材料では、特異的な処理法を導入することが可能である。その一つは、原料エレメントの処理であろう。パーティクルボードなどでは、エレメントの寸法が小さいため木材中へ薬剤を十分含ませることは容易で、接着性能や他のボード物性に悪い影響を与えなければ高い効果が期待できる。しかし、工程の煩雑さやエネルギーコストのアップは否めない。
接着剤中に薬剤を混入し、接着時にエレメントの方へ移行することを期待する接着剤混入法は、実際の製造ラインに導入しやすい方法で、エネルギーや工程時間に何ら負担を強いることはない。しかしこの場合も、薬剤と接着剤の混和性、熱圧時と堆積時の揮散と分解の防止、など注意すべき点もある。合板では、接着剤混入法による防腐・防虫処理が実用化され使用環境に対応した薬剤量の設定も行われてきているが、その他のボードについても今後技術の確立を進めていくべきであろう。接着剤混入法による防腐・防蟻処理パーティクルボードでは、 熱圧時における薬剤のチップへの移行がスムーズで、かつ、接着層自体に薬剤が存在することが、腐朽菌糸が接着層に侵入してくるのを防ぎ、その耐久性を向上させる点でうまく機能する可能性も考えられる。


(2010年6月5日 日本材料学会木質材料部門委員会講演)