今村祐嗣のコラム

熱処理木材と木炭

ちょっと旧聞になるが2005年の5月にドイツに出張した折り、ハノーバーで開催されていた“リグナメッセ”に参加した。この世界最大の林業・木工機械展は関連する業界の方にはなじみが深いであるが、筆者にとってははじめてのことであり、その規模や内容の豊富さ、それにも増して「森林・木材」の活力がどのブースにもみなぎっていたことに目を見張った。


機械類には縁のうすいこともあって自然と足は材料や製造技術に関連した方に向いたが、燃料用のペレットの製造装置や燃焼システムといった自然エネルギー(バイオマスエネルギー)に関係したものが各種並んでいたことと、いわゆる”熱処理木材“が5コマ以上のブースを占めていたことに驚いた。


熱処理木材とはその言葉の意味するとおり、温度や雰囲気など処理条件は色々あるにしても、要するに加熱処理した木材のことである。木材を100~200度、場合によっては200度以上で処理した製品で、応力や狂いが除去されていることや、寸法安定性や耐久性、あるいは耐候性が向上していることがセールスポイントとなっている。


ヨーロッパにおける熱処理木材の動向については以前から知悉していたが、耐久性、すなわち耐腐朽性や耐シロアリ性など生物劣化に対しては筆者を含めわが国の研究者はかなり懐疑的であった。というのは、熱による木材成分の分解によって強度低下が引き起こされるのはもちろん、心材抽出成分やヘミセルロースの変性・分解によってむしろ抵抗性が低下することを懸念したことによっている。もちろん高温処理によって木材成分中の遊離の水酸基が架橋することによる性能向上も期待されるが、それ以上のマイナス効果を危惧していたのが実情であろう。


しかし今回展示されていたのは、筆者の予想を越えてすでに種々の用途に実用化され、ますますそれが広がっているという実績であった。特に200度以上の高温処理したものがデッキやサイジングなどエクステリアウッドとして販路を拡大しているという。この製品をみたが濃褐色に変色し木が焦げた独特の匂いをしていて、まるで低温炭化処理木材ともいえるもので、同行した方が“焼杉処理を全体的に、少し低い目にしたものですね”、という表現が適切なものであった。


そう考えると何となく熱処理木材の実態が垣間見える気がしてくる。すなわち“ほどほどに良くした”木材ということではないか、というのが素直な感想である。薬剤処理のようにまったく腐らないことはないが、やや腐りにくい木材、しかも寸法や材色の安定性が向上している。強度はやや低下しているが、使用には十分耐えることができる。そういった処理技術である。木材そのものが、各種の性能がほどほどに良い材料であることはしばしば指摘されることであるが、従来はできるだけ他材料に比肩するために、強度を上げ、腐らなくし、狂わなくしようというのが技術開発の方向であった。しかし、熱処理木材が目指しているのは全体的な性能が「ほどほどに」向上した材料ではないだろうか。突出はしていないが、総合点として適度に良い性能をもつ木材の特質を、そのまま底上げした材料ともいうこともできる。


ひるがえって木炭も同様に考えることができないだろうか。木材を熱処理した材料である「木炭」の用途については多くの性能が指摘できるが、そのうち土壌改良材や水質や空気質などの浄化材料としての機能に注目すると、吸着性など個々の性質をとってみれば木炭を越える材料は他にも多くみられる。しかし、使用時の安全性が高いことや長期使用が可能なこと、リサイクル・廃棄のしやすさ、環境負荷の低い製造システム、高い炭素の固定能力、等々を考慮すれば総合点としては高くランキングされるものである。ファジーで漢方薬的な機能をもつ木酢液についても同様であろう。


 木炭の用途開発については、ニューカーボン材料など「木質の特徴を活かした新素材」への新たな挑戦は新規分野の開拓として重要なことはいうまでもないが、大量消費が見込まれるが他材料と競合している用途については別の戦略が必要である。木炭のこういった用途や性能をアピールする場合に、ヨーロッパにおける熱処理木材を重ね合わせて考えてみてはいかがであろうか。


(木質炭化学会誌、2巻、1,2合併号、2006)